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2021.09.26

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法律よりも命

 菊田昇(1926-1991)先生は産婦人科医院の院長で、妊娠中絶を希望した妊婦を説得して出産させていました。そして生まれた赤ちゃんを、子供のいない夫婦に実子として斡旋していました。この行いが新聞に掲載され、1973(昭和48)年に「赤ちゃん斡旋事件」として大きく報道されていきます。

 当時は不幸な出産が多く、赤ちゃんをコインロッカーに捨てる事件が頻発していました。そんな中、菊田先生の行いは全国に波紋を呼びました。明らかに違法行為でしたが、これを罰するのかどうか、世間が注目しました。裁判では、実子の斡旋は法律では許されておらず、また職業倫理にも反するという理由から、先生は有罪となりました。しかしこれを契機に、1987(昭和62)年には特別養子制度が導入され、養子は実子として認められるようになりました。

 1991(平成3)年に国際生命尊重連盟は、マザー・テレサに次ぐ2人目の「世界生命賞」を菊田先生に贈ったのでした。しかし受賞の4か月後、先生は大腸がんのため亡くなりました。

 事件の当時、参議院法務委員会に呼ばれた菊田先生は、「赤ちゃんの命を救うためには、法律を犯すこともやむなし」と述べ、その主張を決して曲げませんでした。信念を持った、説得力のある言葉でした。

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